下北沢本多劇場 Official Website​​​
Honda Theater / SHIMOKITAZAWA
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住  所:〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-10-15

電話番号:03-3468-0030(11:00-19:00)

本多劇場外観
本多劇場の歴史

1982年11月3日に本多劇場は開場し、2017年11月に35周年を迎えました。

役者を志し、北海道から上京してきた本多一夫が実業家に転身し、得た財産で本多劇場は創設されました。下北沢に劇場を作ることを誰もが否定的に捉えていたほど、当時の下北沢は未開発の街でした。

開場のごあいさつ

私がこの街に住みついてから、早いもので29年が過ぎようとしています。舞台俳優への夢を抱いて北海道から単身上京、やがて時代の波のなかで、とにかく生きようと試行錯誤を繰り返すうちに年を重ねました。青春特有の暗さも明るさも、あらゆる思いをのみこんで私を包み込んでくれた街が、この下北沢でした。 

 

いつからか実業家とよばれるようになってからも、舞台への漠然とした想いが胸のうちにくすぶり続けていたように思います。そのもやもやがはっきりとした形となって抽出され、劇場をつくるぞ!と決意したのがいまから10年ほど前。目標だけをみつめて闘い続けてきました。 

 

こうしていま、私の長い間の夢が現実そのものにすり代わろうとしています。おびただしい人々の通過していく下北沢の駅前で、この小さな劇場が果たしてどこまで街と同化していくことができるのか、客席をも包括してしまえるような表現空間は可能なのか、街の拠点として、文化の発信地になりうるか…。 

さまざまな想いが入り乱れ、尽きることが知らないのも、つくる側の身勝手さ故かもしれません。 

 

この80年代、流動的に動めき、常に形を変化させていこうとする演劇状況。そんななかで未知の領域に挑み、想像のための実験を積み重ねていくことが、本多劇場のひとつの指向性を形づくる道と確信しています。 

 

劇場完成にあたって、ご支援、ご協力くださったあらゆる分野の方々に、厚く御礼申し上げます。 

1982年11月3日 

本多一夫

 

 

​本多一夫 / Honda Kazuo

1934年7月11日生まれ

北海道札幌市出身

本多劇場グループ代表

中劇場協議会 理事

社団法人日本劇団協議会 顧問

下北沢演劇祭 企画委員長

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1953年 北海道立伏見高等学校

     (現 札幌啓北商業高校)卒業

同年       北海道放送(HBC)演劇研究所 入所

本多一夫

1955年、新東宝ニューフェイス第4期生として俳優デビュー。59年の新東宝倒産後、下北沢駅近くで一軒のバーを開店したところ、俳優の集まる店として評判を呼ぶ。以後、60数店の飲食店、ビル、マンション等を運営、実業家に転身。

しかし、演劇の世界への思いが強く、1980年に俳優養成所「本多スタジオ」を設立。翌81年には若手演劇人のための実験劇場として「ザ・スズナリホール」を開場。そして翌年1982年に念願の本多劇場を開場する。

その後、小劇場を次々と開場、本多劇場グループを形成し下北沢が「演劇の街」と称されるようになる。現在の直営劇場は、ザ・スズナリ(81年開場)、本多劇場(82年開場)、駅前劇場(84年)、OFF・OFFシアター(93年)、「劇」小劇場(97年)、小劇場楽園(07年)、シアター711(09年)、小劇場B1(14年)、新宿シアタートップス(21年)。

合わせて下北沢の8劇場、新宿1劇場のオーナーであり、自らも俳優として舞台に立っている。

【受賞歴】

1996年:スズナリ開場15周年記念『KAN-KAN』「読売演劇大賞優秀作品賞」

1997年:「第19回日本文化デザイン賞」

      「世田谷区文化芸術功労賞」

2002年:「世田谷区制施行70周年特別文化功労賞」

2005年:「文化庁長官表彰」

2008年:「渡辺晋賞」

2018年:「第52回吉川英治文化賞」